書評: 『世界の食料生産とバイオマスエネルギー 2050年の展望』
      川島博之著 (財)東京大学出版会
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  本書は,レスター・ブラウン氏などが「誰が中国を食べさせるのか」などと言って食料危機を強調していることに対し,冷静に分析し総合的に対処することを目途として書かれたものである.2050年の展望を下記のように記している.
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  世界の人口増加率は低下傾向にある.また世界人口の6割を占めるアジアの食肉需要が大きく伸びる可能性が少ないことから,穀物需要の増加も鈍化傾向にある.21世紀において人類が世界規模の食料危機に直面することはない.食料の供給が問題となるのはサハラ以南アフリカなどに限定されよう.
  一方,バイオマスエネルギーの原料となる農作物の価格は,ブラジルで生産されるサトウキビ以外は,石油価格が高騰した現在(2008年4月)でも石油に比較して高い.石油価格が高騰した場合,投機資金が流入することにより,穀物価格も高騰する傾向が顕著に存在するためである.このことからブラジルのバイオエタノール以外が商業目的で生産される可能性は低いと考える.今後,石油価格がよほど高騰しない限り,バイオマスエネルギーの利用が食料生産におよぼす影響は限定的なものにとどまるだろう.
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  人口の推移については,著者は楽観的な立場を強調しているが,今後どうなるかは未だ予断を許さないと思われる.またアジア人の食が,日本人を見習って?,低食肉消費型になるかどうかも分からないと思う.中国人などは,日本をパスして,ダイレクトに欧米型を目指す可能性もあろう.21世紀において人類が世界規模の食料危機に直面することはないと,言い切れるかどうか不分明である.私としては,レスター・ブラウン氏の言うことを真剣に受け止めて十分な対処策を講じる方が,慎重な当局のとるべき途だと思う.
  サハラ以南アフリカがいつまでも低迷し続けると想定するのもどうかと思う.2050年までのある日,欧米や日本は無理でも,せめて中国程度にはなりたいと思うようになることは,十分想定できる.すると,ここでも膨大な食料需要が発生する.
  バイオマスエネルギーがそれ程伸びるものだとは思えないし,それ程意義のあるものだとも思われない.当該土地に太陽光パネルでも敷き詰めた方が,よほど多量のエネルギーを獲得できるだろう.著者とは視座が違うが,バイオマスエネルギーなどどっちでも良いものだという点では同意する.

  著者の哲学について,次の4点ほど問題点を指摘したい.

1. 多くの農業関係の専門家と軌を一にして,この著者も,食料の供給が第一であり「若干の」農地の拡大は当然許容され,ただ熱帯雨林を避ければいいのだと考えている様である.しかし私がたびたび申し上げているように,「自然生態系の保全や自然エネルギーと食糧の確保などの課題は土地利用に関して相互にぶつかり合う」という命題の解決こそが,地球環境問題の核心である.したがって,既存の農地についても可能な限り自然生態系に戻せないか努力することが求められる.単収のさらなる増加が求められる由縁である.

2. 窒素肥料の大量使用により単収が大幅に増加したことを強調しているが,その為に地下水の硝酸汚染・閉鎖性水域の富栄養化・地球温暖化が激化していることは,問題として指摘するに止まり対策はネグレクトしている.またリン肥料の投入が減っているので,21世紀中にはリン鉱石は枯渇しないとしているが,22世紀以降にはどうなるのだろうか.こうした問題をさて置いて,持続可能な農業を考えたと言えるのだろうか?

3. 著者は,緑の革命時代の農業技術レベルで,発想が停止している様に見受けられる.たしかに窒素肥料の大量投入により単収が大幅に伸びることは事実であり,これを発展途上国に展開すれば,大幅な食料増産が可能になることは期待できる.
しかし,近年のバイオテクノロジーや植物工場技術を適用すれば,さらにその数倍も単収を増やすことが可能であり,農業公害も避けられることは,まったく触れていない.上記1項で述べたように,地球環境保全の立場からは,さらなる単収の増加が期待されているのであり,こした先端技術をネグレクトすることは致命的な誤りである.

4. 地域の産業としての農業に対する見識がない.農業は地域の重要な産業であり,米国のようにただ闇雲に規模を拡大することは,地域社会の崩壊につながるものである.WTO協議により関税を用いた地域農業の保護が困難になりつつある現在,例えば生産者に直接所得保障するなど,新たな地域農業の振興策が求められているが,本書ではまったく考慮されていない.

  このため私は,「遺伝子組み換えなどのバイオテクノロジーと植物工場に代表される高度情報化された機械式農業を組み合わせた先端的な農場」を,各市町村1ヶ所,国営施設として設置し,穀物・豆類などを生産することを提案している.事業は公設民営方式で行い,栽培作物と方法は国が決め,民間企業はその指導の下で作業を行う.報酬は当該地方の給与水準を基に決め,作物は実勢価格で販売する.差額は国が補填するが,傾向的に低減を図るよう監視する.(for4項)
   これは「食料安全保障」軍とも言えるものであり,食料供給が危機に瀕した際に速やかに拡大・展開して不足する生産を補うようにする.ただし平常時には一定の生産レベルに止め,外国の安い農作物を輸入できるメリットを享受する.(for1項)
   なお植物工場は,農薬使用を低減し,肥料の土壌への流亡を減らす点でも有効である.肥効資源の土壌への吸着による損耗を防ぎ,肥効資源循環を確立してリン鉱石などの使用を不要とすることにもつながる.(for2項)
   遺伝子組み換え技術を用いて単収を倍にする動きがある.植物工場では通年農業ができるので,単収が倍以上になる.植物工場のエネルギーであるが,空気膜二重被覆とヒートポンプを用いて60〜80%の省エネルギーを可能とした例がある.こうした技術開発が今後求められる.(for3項)
   こうした農業システムに進むことが,本書の提起した問題の根本的解決につながると考える.
  本書は3,200円とやや割高であるが,それなりに一読に値するものだと考える.

水谷潤太郎
日本上下水道設計株式会社
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