書評: 『新 中国仏教史』
         鎌田茂雄著,椛蜩件o版社発行
     『インド仏教はなぜ亡んだのか−イスラム史料からの考察−』
         保坂俊司著,竃k樹出版発行
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 私がこうした書籍を読む気になったのは,2年前・2007年のEARG16周年記念シンポジウムで,「中国とCSR」をテーマとして取り上げたことがきっかけである.日本人にとって,これはたしかに面白いテーマだと思った.
 今年の講書始の儀で,天皇・皇后両陛下が吉川忠夫氏から「後漢・六朝時代における中国人の仏教受容」についてお聴きになったという記事を読んで,これは上記のテーマに対する一つの切り口になるかもしれないと感じた.しかし吉川氏の著書は絶版のものが多く,入手が困難である.
 ふらっと本屋に行ったところ,鎌田茂雄氏の著書「新 中国仏教史」が目に止まった.現在の中華人民共和国まで見据えて,中国の仏教史を解説しているのは本書だけであった.まず,このへんから探求を始めることにした.


 なぜ仏教に拘るかというと,日本人だけでなく中国人も,この外来宗教をインドから受容しているからである.中華思想の中国人には珍しいことである.もっとも,三武一宗の法難といって,北魏の太武帝(423〜452在位)から後周の世宗(955)に至るまで,時々仏教弾圧が行われている.
 日本と中国に共通していることがもう一つある.両者とも仏教を純粋(?)に受容したのではなく,土着の神道や道教と混淆(こんこう)した形で受け入れたことである.明治維新時の廃仏(はいぶつ)毀釈(きしゃく)までは,多くの寺院が神仏混淆であったことは良く知られている.
 日本の仏教は,中国であらかた咀嚼(そしゃく)されたものをさっと持ってきたエッセンス仏教であるように思われる.膨大な大蔵経などの経典群を漢訳した中国の努力に比べれば,日本ではそれを飾っているだけで,翻訳作業など余り行われていない.一部の重要な経典を和訳しただけである.禅宗などのように,不立文字といって,ただ坐っているものもある.
 中国も日本も,民衆の日常文化を支えているのはこうした仏教・道教(神道)混淆宗教であり,こうした点ではたしかに似ているのかもしれない.もっとも日本では文化的にはこの通りなのであるが,本人は無宗教だと言っている向きも多い.両国とも儒教を統治の政治イデオロギーとしている点でも似ているが,中国では文化としての儒教の影響も強く,一方日本ではかなり骨抜きの儒教のようである.


 日本では自由主義(社会民主主義?)・市場経済+民主主義の体制となっているが,中国では社会主義・市場経済+共産党独裁であり,この点が大きな相違点となっている.将来は中国も日本の体制に接近してくるのだろうか?仏教は東進し,民主主義は西進する?

  こうして見ると,「中国とCSR」は極めて面白いテーマであり,仏教はその理解の切り口の一つになると思われる.鎌田茂雄氏の中国仏教史はその手ほどきとして良書であると思われる.
 しかし,ここで一つの疑問を感じた.なぜインド人はそんなに沢山の仏典を中国に送り込んできたのだろう.御存知のように,両国の間にはゴビの砂漠やヒンドゥークッシュ山脈などが聳えており,極めて困難な交通事情である.唐代の玄奘(げんじょう)(602〜664)(西遊記の三蔵法師)などは身一つで脱国したにも係わらず,520夾・657部という大部の仏典を持ち返ったとされている.そのくせ玄奘が去ったすぐ後には,インドの仏教はあらかた無くなっているのである.


 一体,インドで仏教とは何だったのだろうか?この疑問に正面から回答してくれたのが,保坂俊司氏の「インド仏教はなぜ亡んだのか−イスラム史料からの考察−」である.本書によれば,インド仏教の衰亡のダイナミズムは次のとおりである.
 「それは,アショーカ王(BC268〜BC233在位)による仏教の国教化以来本格化した,仏教とヒンドゥー教というインド社会における宗教の対立構図(必ずしも暴力的な意味ではない)の均衡状態が,イスラムという第三勢力の侵入により崩れ,結果として仏教の果たしていた抗ヒンドゥー教という社会的な役割が,イスラムに取って代わられ,インドにおける仏教の政治的な役割が消滅した,という結論である.……
 仏教文明のもつ脱地域・脱民族性という普遍性の要素が,かえってイスラムのような地域的には普遍性を主張しつつも,文化的にはイスラムの鋳型に嵌め込もうとする宗教との出会いによって,文化部分が置き換わり結果的に駆逐された,ということである.……


 教理的な視点たとえば,不殺生戒の遵守のゆえにヒンドゥー教やイスラム教の暴力に屈し,かえって(仏教)教団としての存在を衰微させてしまった,というような意見も述べられている.」
 インドから中国への仏教の伝達は,ことによると,亡びを感じた仏教サイドの一種の転進であったのかもしれない.
 こうして見ると,日本や中国の仏教・神道(道教)混淆体制は,ヒンドゥー教・仏教の混淆体制よりは強靭なのかもしれないが(現在でも保っている),一神教による暴力的な改宗運動には弱い面もあるのかもしれない.特に「絶対平和主義」などは注意が必要かもしれない.


 中国のCSRも問題だが,インドやイスラム諸国のCSRはますます難しいテーマであり,浅学の私の取り組み得る範囲をはるかに超えている.しかし,仏教をこの両書の視点から眺めてみるのも,世界のCSRを考える上では有益かもしれない.
「新 中国仏教史」は鎌田茂雄氏の遺著であり,値段は2,500円であるが,内容は十分であり,価値ある書籍だと思う.また,「インド仏教はなぜ亡んだのか−イスラム史料からの考察−」はこうしたテーマに全面的に取り組んだ世界で始めての書籍であり,値段も2,100円と手頃なので,一読に値すると考える.

水谷潤太郎
日本上下水道設計株式会社
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